2007年5月東京日仏会館に於ける日仏景観会議に於ける竹内元鎌倉市長の発言:
どういう筋書きか十分知らないで参りましたが,準備して来たことをお話しします。
景観法が出来ました。これで美しい国が出来る訳ではありません。法律は双刃の剣で邪魔もします。そこまでは許されるという限度に過ぎず、それで美しいまち づくりが出来る訳ではない。鎌倉の例を挙げます。
鎌倉は東京の50キロ圏。鎌倉というと、初めに「素晴らしいところにお住まいで」と言われるが、次には「やかましい人が多くて大変ですね」と言われる。こ の「やかましい人」が美しい町を作る決め手です。
鎌倉は緑の中に住宅がある。800年の古都。最初の武家政権が作った都市構造で、三方山、一方が海に面する要塞の形。景観を守る上で鎌倉が持つ道具で最も 有効なのが風致地区制度です。条例で一木一草切るのも、石を動かすのも市長の許可が要ります。建物が周辺の風致に調和するよう厳しい規則があります。緑色 に塗られたところが第二種風致地区で、高さの制限は8メートル、建ぺい率40%。景観法でも計画を作ることになっているが、これほど厳しいことはなかなか 出来ません。それは鎌倉市が長年自主的に行政指導し、市民が協力して来た。意識が地域社会に根付き,合意が出来て来たからです。中心の通り若宮大路は、高 さ制限15メートル。これは市民の提案で出来た。この高さは鶴岡八幡宮の石段の一番上に揃っている。商業者は不満だったが,市民全体がやかましかったので 従って来た。明治,大正の頃から,駅、郵便局,道路など,戦前から鎌倉文士が音頭を取って整備して来た。鶴岡八幡宮の裏山の緑を壊すお谷地騒動で、市民が ブルドーザーの前に立ちふさがって開発を止め、その結果、古都法が出来た。これが京都や奈良の山も守ることになる。最近では残った大規模緑地の保全が20 年闘争で成功した。
私の言いたいことは、美しい町を作る最も大事なことは市民がやかましく,それに答えられる首長が居ることです。法律は往々にして邪魔する。例えば、パチン コ屋の進出。市民は大反対.しかし法律では合法。市民との共闘で乗り越える以外に道はない。

景観法が出来たのも地方自治体が活動したからで,住民が動かねば法律は出来ない。地域から出発して国の法律制度を変える。これ が地域主権です。